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私が伝えられること〜topic 5〜バレエの歴史、王立舞踊アカデミーの設立

今日はtopic 3に続き、バレエの歴史についてです。お時間ありましたら読んで下さいね(^^)


さて、イタリアで生まれ、フランスに渡り、バレエ愛好家のルイ14世により基礎が築かれ、発展していった宮廷バレエ。


今日は、王が踊り貴族のものであったバレエが、専門家の為の体系化された教育機関の設立により、プロダンサーのものになっていく過程についてです(^-^)



1661年、ルイ14世は今のパリオペラ座バレエ学校にもつながる[王立舞踊アカデミー] を創設します。

王自身年齢と共に踊れなくなったこともあり、築き上げてきた基礎を体系化し、王が踊らずともバレエが衰退せず発展するようにした重要な転換期となりました。


専門家としてのダンサーが増えることで、ダンスの質も貴族が踊っていたものから変化していきます。1671年にはパリオペラ座が開場、1713年にはオペラ座の中にバレエ学校が設立されます。


1681年に作曲家、ダンサーのジャン・バティスト・リュリのバレエ『愛の勝利』でデビューしたラ・フォンテーヌが史上初の女性プロダンサーといわれています。リュリの作品で多くの主役を踊った彼女はその優美さにおいて[舞踊の女王]と讃えられ人気を博しました。


男性ダンサーでは、


ミッシェル・ブロンディ

(ダンサー、振付家、教師、ピエール・ボーシャンの甥、1690年代パリオペラ座に入り1729年パリオペラ座の監督になる)


ルイ・デュプレ

(ダンサー、振付家、バレエマスター、パリオペラ座バレエ学校で学び1714年パリオペラ座デビュー、プロポーションの良さと優雅な踊りで賞賛され60歳まで踊り続けたとされる)


クロード・バロン

(ダンサー、教師、振付家、

跳躍テクニックが得意だった事からバロンの名前が良い跳躍に必要とされる質や技法の呼び名になり、バロネというアレグロのステップにも派生する

1719年ピエール・ボーシャンに次いで王立舞踊アカデミーの総裁になる)


などが活躍しパリオペラ座でプロダンサーによるバレエが盛り上がりをみせるようになっていきます。


貴族の踊っていたバレエに比べて、ダイナミックな踊りに変化していきますが、まだまだ重たい衣装のままで、男性が中心。男性は脚を見せる衣装でしたが、女性は足先が少し見える程度の長い衣装、ということで急速な変化とはなりませんでした。


しかし、観客の要望によりフォンテーンはじめ女性ダンサーが増えてくることで、衣装やシューズ、作品などに大きな変化が表れます。次回は女性ダンサーの活躍とバレエの発展についてです!どうぞお楽しみに(*^-^*)

posted by: erika-ballet | - | 00:05 | comments(0) | - |-
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